無題(集団ストーカーの犠牲者へ遺したいこととかそういうタイトルにする予定)

百聞は一見にしかず 百見は一験にしかず(中学校の先生の言葉)

あの瞬間をはっきりと覚えています

特定の血統としてこの日本を生き抜くのは大変難しい

職場のおじさんに

戦争に負け、キチガイのふりをしてでも満州から半島南部を目指す人の話をされるなど

嘲笑うような悪意を受けました

 

 

実は一つ忌まわしい記憶を思い出してしまいました

ですが皆さんの何か役に立つのでは無いかと思い

思い切って記事にすることにしました

 

 

〜〜〜〜〜小学2年生〜〜〜〜〜

私の帰り道ではいつも1つ上の上級生と会うと大泣きするくらいいじめられていました

歩いていると突然後ろから声をかけられるのです

学校内でイジメていた人とは違う人です

そこへたまたま家の車が通りかかりました

私は泣きながら手を振るかなにかして助けを呼ぶようにアピールしたのを覚えています

しかし上級生はそれを邪魔しました

車はとまってくれましたが父は信じられない一言を言いました

父「何だ、違う用事で来たのだから乗るなら乗れ」

さらに何故か祖母とあと一人誰か乗っていたのですが

上級生の友達アピールに騙され

大泣きしている私の前で上級生に対し、友達にあいさつをするようによろしくおねがいしますとか言っていたのを思い出します

さらに友達なら一緒に変えればいいじゃないかとまで言い始めました

私は大泣きしながら車に乗ろうとして、それを上級生が邪魔し、それを父、祖母、それともう一人の人が大笑いして見ていました

その時私は思い切り思いを込めて「殺してやる!!!!」と叫びました

そしてようやく車に乗れた記憶があります

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

そして小学3年生の時から私は一番湿気の多い部屋に自分の部屋を持つようになると心の中でアークさんと出会うようになります

 

アークさんの話はまた今度するかもしれません

 

また今度からは日本政府がトラウマを植え付けられたひきこもり者を無理やり連れ出し迫害行為を行っている事についてもさらに言及していきます